2007年03月12日
見沼通船堀 (埼玉県さいたま市)
武蔵野線東浦和駅から歩いてすぐのところに見沼通船堀というのがあります。埼玉県で社会科を学んだ人なら誰でも知っているものに見沼代用水というのがあります。とはいえ、どういう用途で誰が作ったものか説明できないので、そういう話は詳しいサイトをご覧ください。
今回は、この見沼代用水と芝川の間に作られた運河を見てきた時のお話です。
最初の写真は見沼代用水の西縁です。見沼代用水は西と東に流れていて、その間を芝川が流れています。西縁は西側の用水です。昔作られた見沼代用水といっても野火止用水のように趣のある姿はしていませんでした。コンクリートで固められてしまって、農業用水のような様相をしています。
見沼代用水西縁から芝川に流れる見沼通船堀西縁です。近くには公園もあって良い雰囲気の漂う場所です。
見沼通船堀西縁の関の1つです。この見沼通船堀のすごい点は、見沼代用水と芝川の水位の差3メートルをこれらの関で調節しながら船を通した点です。川の水は高いところから低いところへ流れますが、これらの関を利用して低い場所から高い場所へ船が通されるようです。改めて昔の人の知恵には驚かされます。閘門(こうもん)式運河と呼ぶそうで、日本最古のものだそうです。
芝川です。写真の左側の部分が通船堀西縁の合流地点です。写真の右奥には通船堀東縁との合流地点があります。
そして、これが見沼通船堀東縁にある関です。
この通船堀沿いには色々な案内板がありました。タイミングがあえば昔の通船の再現などもしているようです。なかなか良い散歩道でした。
この東縁の先には私好みのものがあったのですが、それについては日を改めます。
Posted by tobapost at 06:08
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先日お話した、見沼通船堀の見沼代用水東縁の先にあった私好みのものというのがこれです。富士塚です。見沼通船堀東縁から見ると上の写真のようになり、かなり標高があるように見えます。これまで見てきた富士塚では我らが荒幡富士が一番だと思っていましたが、こ....
木曽呂の富士塚【毎日がレビュー】at 2007年03月14日 06:35
この記事へのコメント
京都にも高瀬川といって市内と宇治川(淀川となって大阪までいきます)をむすぶ、1600年ころからある運河があります。見沼通船堀も桜が咲くときれいそうですね。ポチ!
Posted by
京都ふらり鉄道散歩
at 2007年03月12日 06:59
京都ふらり鉄道散歩さん、こんにちは。
そうですか、昔の人が手作業で作ったであろう運河が今も残っていることはすごいことですね。
実は、さきほど妻と「京都に行きたいね」なんて話をしていただけにコメントのタイミングの良さに少しびっくりしちゃいました。
そうですか、昔の人が手作業で作ったであろう運河が今も残っていることはすごいことですね。
実は、さきほど妻と「京都に行きたいね」なんて話をしていただけにコメントのタイミングの良さに少しびっくりしちゃいました。
Posted by
toba
at 2007年03月12日 07:50
妻沼代用水。習った!!
小学校の教科書「明るい埼玉」でしっかりと習いました。三富新田と野火止用水もしっかりと勉強しました。
今でも埼玉の小学校では学習しているのですかね。
小学校の教科書「明るい埼玉」でしっかりと習いました。三富新田と野火止用水もしっかりと勉強しました。
今でも埼玉の小学校では学習しているのですかね。
Posted by manatuno
at 2007年03月12日 23:00
manatunoさん、こんにちは。
見沼代用水、習いましたよね。あとは利根大堰とか。
今でもやっぱり学習するんじゃないでしょうか。
逆に言うと、都民が何を学習するのか知らないんですよ、私。
見沼代用水、習いましたよね。あとは利根大堰とか。
今でもやっぱり学習するんじゃないでしょうか。
逆に言うと、都民が何を学習するのか知らないんですよ、私。
Posted by
toba
at 2007年03月12日 23:06