2008年04月17日
田子山富士塚 (埼玉県志木市)
埼玉県志木市になかなか見事な富士塚があると聞いて出かけて来ました。
田子山富士塚といいます。
柳瀬川が新河岸川と合流した少し下流の新河岸川沿いにあります。志木市役所のすぐ近くです。
敷島神社の境内にあって、新河岸川を見下ろす形なので、素敵な展望が広がって・・・いるのだと思います。残念ながら登山はできないようになっていました。楽しみにしていたのですが。
神社の境内には何店か植木や野菜を売る店が出ていました。これが地産地消の理想系かかと思いきや、良く見たら「千葉県産」と書かれた箱が・・・あれ?
境内のすぐ近くの道は「富士道」と名付けられ、富士山信仰が盛んだったことをうかがわせます。
もう一本大通りに出ると、なんとなく川越に似た風景が並んでいました。なるほど、志木は宿場町だったのですね。
昔の情景が目に浮かんで来ます。宿屋が並び、新河岸川には船が行き交う、時代劇に良く出て来るようなシーン。もしかしたらその頃のほうが活気があったのかもしれないなぁと思いながら帰路についたのでした。
その他の富士塚はこちらからどうぞ(狭山富士は信仰のお山ではありません)。
Posted by tobapost at 23:55
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富士山にまた一つ新しいものが加わりました。白子富士です。
その名の通り、埼玉県和光市白子の熊野神社の境内にあります。ちょうどこのあたり。
白子富士 (埼玉県和光市)【毎日がレビュー】at 2008年04月30日 21:06
この記事へのコメント
舟運華やかなりし日の風情を確かに彷彿とさせますね。
むかし、池袋本町に住んでいたころ、3丁目の氷川神社の境内の富士塚に登ったことがあります。
結構小さいんですが、石板で、何合目なんて書いてあって、なんとなく当時の息遣いみたいなものが感じられ、江戸時代のその辺のじいちゃんばあちゃんと、富士山から岩を背負って帰ってきた若い衆のつながりを感じたりしたものです。
むかし、池袋本町に住んでいたころ、3丁目の氷川神社の境内の富士塚に登ったことがあります。
結構小さいんですが、石板で、何合目なんて書いてあって、なんとなく当時の息遣いみたいなものが感じられ、江戸時代のその辺のじいちゃんばあちゃんと、富士山から岩を背負って帰ってきた若い衆のつながりを感じたりしたものです。
Posted by ひばり
at 2008年04月18日 01:27
ひばりさん、こんにちは。
ネットで調べてみましたが、立派な富士山ですね。
おっしゃるとおり小さくても当時の想いが伝わってきます。でも、残念ながら今は登れないみたいです。
とはいえ、今でも多くの富士塚が残されていることには喜びを感じます。
近日中にもう一つばかり紹介する予定です。
ネットで調べてみましたが、立派な富士山ですね。
おっしゃるとおり小さくても当時の想いが伝わってきます。でも、残念ながら今は登れないみたいです。
とはいえ、今でも多くの富士塚が残されていることには喜びを感じます。
近日中にもう一つばかり紹介する予定です。
Posted by
Toba
at 2008年04月19日 02:05