2008年09月05日

大和田通信所近くの海軍用地の石柱

海軍用地です

 しばらく前になりますが、所沢市の西武車輌工場の道沿いに「陸軍用地」の石柱が残っているのに触れたことがあります(「井筒屋町造商店 所沢の空を飛んだヒコーキ展」参照)。

 今度は海軍用地です。yoyogiさんから大和田通信所近くの畑に残っているとの情報をいただき、見てまいりました。


海軍用です

 場所は畑の中の道です。1枚目の写真のものは見事にそのまま「海軍用地」を読むことができます。裏をみると「○拾七號」とあるので何か路地と番地から場所が特定できたのだと思います。

 2枚目のものは途中から地中に埋もれてしまっています。でも、人が歩ける畑道をフラフラしただけですぐに2つ見つかりましたので、畑の中には畑の所有者だけが知っている名残があるのかもしれません(勝手に入っちゃだめですよ)。

防衛施設庁の敷地です

 畑の中には所々フェンスで囲まれて国有地になっている場所があります。そこには戦後立てられたであろう「防衛施設庁」の石柱がありました。でも、見た感じこちらのほうが「海軍用地」よりも古そうに見えてしまいます。きっと「海軍用地」のほうが高くて良い材質の石を使っているのでしょう。

大和田通信所の敷地です

 フェンスで囲まれた中はかなり広大な自然が残っています。大きな木があるあたりに戦後60年手付かずの歴史を感じます。カラスやバッタもたくさんいました。

国有地の栗の木

  フェンスの中に大きな栗の木を発見。あの栗は誰か拾うのでしょうか・・・。そんなことを考えながら現代に戻って来ました。



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 先日、といってももうだいぶ前になりますが、海軍用地の石柱を見た畑近くの原っぱでバッタ取りを楽しみました。トノサマバッタはいつでも大きいですが、今回は大きめのショウリョウバッタをゲットしました。
ショウリョウバッタとウルトラマンの怪獣【毎日がレビュー】at 2008年10月07日 11:45
 清瀬市と新座市の境にある米軍大和田通信所の周辺はある意味、未開の地であります。これまでも日本海軍用地時代の名残について書いたりしてきました。  このあたりは自然も手つかずで残っているためか、今日はキジに遭遇しました。
清瀬市のキジ【毎日がレビュー】at 2009年06月07日 00:13
この記事へのコメント
toba様へ。
いつも楽しく拝見させて頂いております、BPSです、お久しぶりです。

‘海軍用地’の石柱、やはり先をこされましたね。
私も探しに行ってみたいと思っていました。

こちら最近は青梅に墜落したB29の慰霊碑などを見てきました。
狭山湖ができる際縄竹橋周辺から立ち退き移転した、新しい‘縄竹’も宮寺にあるのを探し当てたりしております。
Posted by BPS at 2008年09月05日 23:56
BPSさん、おひさしぶりです。
私もRSS登録させていただいてますので、ついていける
話題については拝見しております。北海道行かれてた
のですよね。

古すぎず新しすぎない、歴史を感じさせるものに対する
ご興味は似たような方向のようで・・・(笑)。

今回の場所は自転車でいらっしゃるのが便利な場所です。
ぜひ、アサランでいらしてください。
Posted by Toba at 2008年09月06日 00:23
Tobaさん,行かれたんですね!
2つ目の土に埋もれた石碑の方は私も知りませんでした。
お役に立てて何よりです(^。^)
Posted by yogiyo at 2008年09月11日 08:16
yogiyoさん

行ってまいりました。
このたびは楽しい情報ありがとうございました。
人があまり集まらない場所には色々と楽しいものが
ありますね。
Posted by Toba at 2008年09月12日 00:18