「交通博物館 さようなら万世橋」を書いた交通博物館ですが、移設取り壊しの作業が着々と進められているようです。
写真には写っていませんが渡り廊下の部分は既に分離されてしまっていました。
入口の「ごあんない」のところにはさみしく「交通博物館は閉館しました」とありました。そして、大きなパネルが設置されていました。そこにはこう書かれています
長い間ありがとうございました開館以来3000万人を超える方々にご来館いただきましたが、5月14日を最後に閉館し、1921(大正10)年東京駅北部に鉄道博物館が開館して以来85年、1936(昭和11)にこの万世橋の地に移ってから70年の歴史に、いったん終止符を打つことになりました。
長年にわたる皆様のご愛顧とご支援に心からお礼申し上げます。
2007(平成19)年10月、さいたま市大宮で「鉄道博物館」として再出発いたします。
2006年5月
交通博物館
交通博物館閉館の話を聞いた時には、大宮に新しい鉄道博物館ができるまでだいぶ時間があるように感じていましたが、今となってはもう半年もないのですね。「きかんしゃやえもん」のモデルになった機関車は、もう大宮でしょうか・・・。
入口には確か新幹線が置かれていたように思うのですが、その線路だけがひっそりと残されていました。まあ、確か、青梅鉄道公園のものと同じだったように思うので、新幹線が見たければ青梅へ、ですね。
一度米国に持ち帰られましたが昭和35年に返還されたものです。
返還されたときは大分元の姿と違っていたそうです。
所沢航空資料収集する会で航空公園の博物館に返してもらうように働きかけるかも・・との事ですが・・
現在西武車輌工場跡地は戦前は陸軍航空技術学校分講堂で所沢航空参考館がありました。南倉庫と呼ばれていました。
大正:昭和初期の飛行機が保存されていました。
アンリ・ファルマン機もそのうちの一機でした。
http://www38.tok2.com/home/hmika/Minamisouko.htm