「義援金」という言葉を見ない日は無いくらい身近になってしまった「義援金」ですが、パソコンで漢字変換すると「義捐金」と言う言葉も出てきます。どういうことなんだろう、と調べた結果をまとめておきます(ネット検索しただけですが)。
Wikipediaの「寄付」のページ内「義捐金と義援金」によると、もともとは「義捐金」が正しいです。戦後の当用漢字に「捐」が組み込まれなかったため、新聞協会が「援」で代用したとのこと。
となると、当用漢字って何だ? ってことになりますが、これまたWikipediaの「当用漢字」によると、戦後、漢字の全廃を目的として、全廃まで「当面使用できる」漢字として策定されたものだそうです。
なるほど、漢字を無くしてしまおうと言う流れの影響がこんなところに残っているわけですね。
漢字に音と意味の2つの役割を持たせた日本語は、確かに日本人にとっても難しい言葉だと思います。ただ、この漢字だからこそ表現できる微妙な感覚こそが日本人の文化を形作っているとも考えます。「義捐金」と「義援金」の文字を見ながら、漢字が全廃されなくて良かったと、今更ながらに思うものであります。
いずれも置き換えられた単語の例ですが、本来の漢字と字義を照らし合わせてみると、しっくりしないもどかしさがありますね
最近は
「模擬試験」を「模疑試験」と書くのもアリになってるらしいです